札幌高等裁判所 昭和25年(う)277号 判決 1950年7月10日
控訴人 被告人 大島長一 外三名
弁護人 大塚守穗 外一名
検察官 樋口直吉関与
主文
原判決を破棄する。
被告人大島長一を禁錮五月に処する。
被告人上田実を禁錮五月に処する。
被告人鑓野目常雄を禁錮三月に処する。
被告人種田実を禁錮三月に処する。
但し、この裁判確定の日から二年間いづれも右刑の執行を猶予する。
原審の訴訟費用のうち、証人江畑正夫、同和田甫に支給した分は被告人上田実の負担とし、証人中村幸夫、同井筒勇三、同鈴木キミヱに支給した分は被告人種田実の負担とし、証人大内光義、同鑓野目鉄三郎に支給した分は被告人鑓野目常雄及び被告人種田実の連帯負担とする。
理由
被告人等の弁護人大塚守穗及び同大塚重親の控訴趣意、及びこれに対する検察官の答弁の要旨は、いづれも別紙の通りであつて、これに対する当裁判所の判断は次の通りである。
第一点について。
原裁判所は左の書面について検察官の請求により証拠調を施行し且つそのうち(1) の書面はこれを判決に証拠として掲げている。
(1)菅隆蔵の検察官の面前における第二回供述調書謄本。
(2)鑓野目鉄三郎に対する裁判官の証人尋問調書。
(3)同人の検察官の面前における第一回供述調書謄本。
(4)井筒勇三の検察官の面前における第一回供述調書謄本。
而して菅隆蔵、鑓野目鉄三郎及び井筒勇三は、何れも検察官の請求により原審の第二回公判期日において証人として尋問せられたが、 本件公訴事実の存否に関し重要な事項につきその証言を拒絶したので、検察官は前記各書面の証拠調を請求したものである。 これに対し原審弁護人から異議の申立があつたが、原裁判所はこれを却下し、右各書面は何れもこれを証拠とすることができるものと認めて証拠調を施行したのであるが、当裁判所は原裁判所の右見解は結局正当であつて、憲法違反又は憲法を不当に解釈して適用した違法はなく、従つて原判決は被告人の自白のみを以て有罪の事実を認定した違法はないと判断する。
しかし原裁判所は右弁護人の異議を却下する理由として前記(2) の書面は刑事訴訟法第三百二十一条第一項第一号に当り、その他の書面は第三百二十三条第三号に当るものであると説明しているので、先ずこの点について検討を加える必要がある。
そもそも右書面のうち(2) を除くその他のものは、何れも検察事務官作成の謄本であり、且つその内容から判断して見るとこれは特に本件被告人の本件被告事件の証拠とするために作成せられたものではなく、別事件のために作成せられたものであることは明らかである。原裁判所はこの事実よりして、右書面は刑事訴訟法第三百二十三条第三号に当るものであると判断したものであろうが、それは誤りといわなければならない。何となれば第三百二十三条は第三百二十一条乃至第三百二十八条の他の規定とともに第三百二十条の例外を規定したものであつて、即ち原則として第三百二十条を以て禁止せられた伝聞証拠のうち特別の条件を具えたものに対し証拠能力を与えた規定である。
而して右例外規定のうち第三百二十一条乃至第三百二十四条はその伝聞証拠の内容が正確であり且つ信用し得べきものであることが情況的に保障されているものであつて、しかもそれを証拠とする必要のあるものに限り、それが伝聞証拠であり且つ供述者に対する被告人の審問権を行使させることができなかつたものであることを裁判官が考慮に容れることによりこれを証拠とすることができることとした規定であつて、その条件の軽重に従つて区別がなされているものであるから、当該被告事件の当該被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面であるならば、即ち第三百二十一条の適用を受けるものであつて、それが当該被告事件の証拠とするために作成せられたものであるか又は他の事件のために作成せられたものであるかには関係はないものと解釈しなければならない。
右に述べた見解からすれば、本件の右書面はいずれも被告人等以外の者の供述を録取した書面であるから、第三百二十一条所定の条件を具えた場合にのみこれを証拠とすることができるものといわなければならない。ところで原裁判所はこれを第三百二十三条第三号に該当すると判断して証拠能力ありとしたのではあるけれども、次に説明するように右各書面は第三百二十一条第一項第一、二号に該当し、これを証拠とすることができるものであるから、原裁判所がこれを証拠能力ありとしたのは結局正当であることに帰着する。ところが本点控訴趣意の(八)項乃至(十)項には原裁判所がこの訴訟手続の中途において本件書面が証拠能力ありとする理由について表示した前記判断の誤りを攻撃するのである。しかしながら元々証拠調に関する異議の申立についての決定は抗告を許さないものであるから、特に理由を附する必要はないのである。従つてたといその理由において誤りがあつても結論において正当であるならば、それは判決破棄の理由となる訴訟手続の違反には当らないのである。所論引用の高等裁判所の両判例は、いずれも特定の書面を、証拠物として証拠調をなすべきか、又は証拠書類として証拠調をなすべきかに関する判例であつて、本件には適切でない。
ところで今本件の各書面について調査するに、(2) の書面が裁判官の面前における被告人等以外の者の供述を録取した書面で供述者の署名押印のあるものであることは記録編綴の右書面(一七四丁以下)を見れば明瞭であり、その供述者鑓野目鉄三郎が公判期日においてその実質的な尋問事項につき証言を拒絶したことは前に述べた通りであつて、しかもその書面を検討するに供述の内容は任意になされたものと認め得るものであるから、この書面は第三百二十一条第一項第一号に当り証拠能力のあるものと認められる。又(1) (3) 及び(4) の書面は、検察官の面前における被告人以外の者の供述を録取した書面で、供述者の署名のあるものであることも亦記録編綴の右各書面(一七二丁以下、一八一丁以下及び一八四丁以下)を見れば明瞭であり、その供述者菅隆蔵、鑓野目鉄三郎及び井筒勇三がいづれも公判期日においてその実質的な尋問事項につき証言を拒絶したことは前に述べた通りであつて、その検察官の面前における供述がいずれも任意になされたものであることは、その書面に供述者の署名のあること及び供述の内容が具体性をもつていることによりこれを認めることができるのであるから、これ等の書面は第三百二十一条第一項第二号に当り、証拠能力のあるものと認められる。而して本件のように供述者が公判期日において証言を拒絶した場合にも第三百二十一条第一項第一、二号の適用があると解する理由について、次に控訴趣意の項を追つて説明しよう。
(一)これ等の書面が証拠となし得るために、それぞれ一定の条件を必要とすることは各法条の示すところである。そもそも刑事訴訟法は憲法第三十七条第二項に基き、伝聞証拠の性質を有する供述と書面とを原則として証拠とすることを禁止したのであるが、当該伝聞供述の内容をなす本の供述者から重ねて公判廷で証言を得ようとしても、それが不可能な場合で、しかも犯罪事実の存否の証明のために必要であるという場合には、特にその供述が不正確又は不信用の危険のないものであることが保障される条件の揃つた場合に限つてこれを証拠とすることができることとし、その条件を規定したのが第三百二十一条以下の条文であることは既に説明した。従つて第三百二十一条第一項第一号及び第二号にはいずれも、「その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため、」と規定するのは、それは公判準備又は公判期日において供述することができない事由として例示的に掲げたものと解すべきであつて、本件のように証人が証言を拒絶したために、その証人からは重ねて公判廷で証言を得ることが不可能な場合にも本条によつて他の条件を充足し、信用し得べきものであることが保障される限り、その証人の供述を録取した書面を証拠とすることができるものとしなければならない。本条に第三百二十条の例外規定であるから厳格に解釈すべしとする所論には賛成であるけれども、それは被告人の権利と利益の保護に忠実でなければならないという意味であつて、法律の精神を探求すれば、以上の如く解することによつて、何等被告人に不利益をもたらすものではないのであつて、若し反対に解釈することによつて被告人が利益を得るとすれば、それは社会のために正当に処罰されなければならない者がその罪を免れることの利益であつて、それは不当なことであり、憲法がかかる不当な利益を被告人に与えんとする趣旨でないことはいうまでもない。
又証言の拒絶は証人に与えられた権利であることは勿論であるけれども、それ故にこそ証人が証言拒絶権を行使したときは立証者側にとつては証人の死亡と同じく、その証人より直接の証言を得ることの不可能なるに立至つた不可抗力的原因となるものであつて、これが証言不能や証人の死亡と同一視しなければならない論拠を覆す理由とはならない。
(二)以上のように解するとすれば、被告人にとつては憲法第三十七条第二項によつて認められた証人に対する審問権を奪われる結果になるのであるが、刑事訴訟法第三百二十一条第一項第一、二号に文言上明らかな場合でも、既に被告人の審問権は奪われているのであつて、それは被告人の審問権を奪つて尚且つその書面に証拠能力を与える必要があるからであり、又それが故に法律は厳重にその供述の信用性の保障を要求し第二号但し書の制約を設け又は第三百二十五条の規定を置いたのである。被告人の責に帰すべからざる事由によつて被告人の証人に対する審問権を奪われる結果となることは、証人の証言拒絶の場合も、証人の死亡の場合も同様であつて被告人のためには気の毒であるが、前記のような必要性の上から已むを得ない制度といわなければならない。
(三)証人が公判廷において証言を拒絶したときは第三百二十一条第一項第一号に所謂「前の供述と異つた供述をしたとき」、又は同第二号に所謂「前の供述と相反するか若しくは実質的に異つた供述をしたとき、」に当らないことは、控訴趣意の主張通りであるが、この点は当裁判所の本件事案の判断に影響がないから説明を省略する。
(四)憲法第三十七条第二項には被告人に、すべての証人に対して審問する機会を充分に与えらるべきことを規定しているのであるが、これは伝聞証拠が不当に被告人の不利益に利用せられた過去の歴史に鑑みて、反対尋問を経ず、従つて証拠価値の少いにも拘らず信用せられる危険性のある伝聞証拠を排斥することによつて、被告人に不当な不利益を与えることをなくしようとする精神であつて、これによつて被告人に不当な利益を与えることを許したものではない。伝聞の証拠は、たといその供述が正確であり且つ信用すべきものである事情が充分に保障されている場合でも、絶対にこれを証拠とすることができないとするのは、被告人の利益を強調するの余り、正当に処罰せられなければならない者を逸することによる社会全般の不利益を顧みない議論であり、被告人の権利の濫用であつて、憲法自体このような事態を肯定するものではない。従つて被告人がもともと審問権を有するにかかわらずこれを行使することができなかつたことを充分に考慮した条件を附けてこれに証拠能力を認めることとした刑事訴訟法第三百二十一条は、憲法違反を以て目すべきものではない。
面して証人が証言拒絶をした場合にも第三百二十一条第一項第一二号の適用を受けると解すべきことは前の説明の通りであつて、同条をこのように解することも亦憲法違反ではない。
(五)証人が証言を拒絶した場合に証人の態度を以て直ちに尋問事項を否認したものと解すべからざることは、控訴趣意の説く通りであるが、これは当裁判所の本件事案の判断に影響のないところであるからその説明は省略する。
(六)証言拒絶の場合は、刑事訴訟法第三百二十一条第一項第一号及び第二号に所謂「供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき」の一つの場合に当ると解することは既に前に説明の通りである。
(七)所論のように基本的人権の制限規定の解釈は極めて厳格にすべきものであつて、みだりに拡張類推的解釈を採るべきでないことは勿論である。しかし憲法の精神はその文言に膠着して解釈し得るものでないこと前の説明の通りであつて、証言拒絶の場合をも第三百二十一条第一項第一、二号に該当すると解釈することは決してみだりな拡張類推的解釈ではない。
以上の通りであるから、本点の控訴趣意は理由がない。
第五点について。
原判決は被告人大島の犯罪事実認定の証拠として、相被告人上田実の検察官の面前における昭和二十四年三月二十五日の第一回供述調書(記録第二八一丁)を掲げている。この書面はこの場合には刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号所定の条件を具えなければ証拠とすることができないものであることは控訴趣意に主張する通りである。而して上田被告人は原審公判廷において公訴事実の重要なる点について黙秘権を行使して裁判官の質問に答えていないので、この場合には前に控訴趣意第一点に対する判断のとき説明したと同じ理由に基き、証人が公判期日において証言を拒絶した場合と同様に、第三百二十一条第一項に所謂「その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判期日において供述することでがきないとき」の一つの場合として取扱うべきものである。
而して裁判所が第三百二十一条第一項各号の書面の証拠調をするには、それが各号の条件を具備して証拠能力のあることを調査し且つ供述の任意性の調査をした上でこれを施行すべきであるけれども、その調査の方法としては、別段の手続があるわけではなく、任意の方法によればよいと解すべきであつて、その調査の行われたことが特に訴訟手続上に現われる必要はないものである。従つて訴訟手続上如何なる調査が行われたかが現われていなくても、それがためにその書面の証拠能力を否定する理由とはならない。しかのみならず今本件に見るに原裁判所は本件書面につき、特に刑事訴訟法第三百二十一条の第三者の供述録取書として証拠能力ありや否やを調査するとは宣言していないが、その署名押印が供述者の任意に基いてなされたか否か等について調査しているのである。従つて原裁判所が本件上田被告人の供述調書を大島被告人の犯罪事実認定の証拠とするについて、それが第三百二十一条の書面としての証拠能力ありや否やの点につき調査をしていないからこの書面には証拠能力がないという控訴趣意の論旨は採用できないところである。
第六点について。
原判決は被告人上田の犯罪事実認定の証拠として、相被告人大島の検察官の面前における昭和二十四年三月十一日の第一回供述調書(記録第二五八丁)を掲げている。この書面はこの場合には刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号所定の条件を具えなければ証拠とすることができないものであることは控訴趣意に主張する通りである。而して大島被告人は原審公判廷において公訴事実の重要なる点について黙秘権を行使して裁判官の質問に答えていないので、この場合には前に説明した通り第三百二十一条第一項に所謂「その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判期日において供述することができないとき」の一つの場合として取扱うべきものであること、第五点の場合と同じである。
而してこの大島被告人の供述調書については、これが以上のような書面として証拠能力を具えているか否かの調査を欠いているからこれを上田被告人の犯罪事実認定の証拠とすることができないという論旨については、前の第五点に対する判断の際説明したところと同じ理由に基き、これを採用することができない。
従つて、原判決は上田被告人に関する犯罪事実を認定するに同被告人の自白調書のみによつたことになり憲法違反の違法があるという論旨も理由がない。
第七点について。
原判決は被告人鑓野目の犯罪事実認定の証拠として、相被告人種田の検察官の面前における昭和二十四年三月十五日の第二回供述調書(記録第三〇三丁)を掲げている。この書面はこの場合には刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号所定の条件を具えなければ証拠とすることができないものであることは控訴趣意に主張する通りである。而して種田被告人は原審公判廷において公訴事実の重要なる点についてこれを否認してをり、しかも本件調書によれば同人は検察官の面前では犯罪事実を自白しているのであるから、同人の検察官の面前における供述が任意になされ、且つその供述の方が公判期日における供述よりも信用すべき特別の情況の存するときに限つてこれを証拠とすることができることは第三百二十一条第一項第二号第三百二十五条により明らかである。
而してこの種田被告人の供述調書については、これが以上のような書面として証拠能力を具えているか否かの調査を欠いているからこれを鑓野目被告人の犯罪事実認定の証拠とすることができないという論旨については、前の第五点に対する判断の際説明したところと同じ理由に基き、これを採用することができない。
従つて原判決は鑓野目被告人に関する犯罪事実を認定するに同被告人の自白調書のみによつたことになり、憲法違反の違法があるという論旨も理由がない。
第八点について。
原判決は被告人種田の犯罪事実認定の証拠として、相被告人鑓野目の検察官の面前における昭和二十四年三月十六日の第一回供述調書(記録第三一一丁)を掲げている。この書面はこの場合には刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号所定の条件を具えなければ証拠とすることができないものであり、しかも鑓野目被告人は原審公判廷において公訴事実の重要な点について否認し、右調書によれば先に検察官の面前において自白しているという情況については、第七点の判断の際述べた種田被告人の場合と同じである。
而してこの鑓野目被告人の供述調書については、これが以上のような書面として証拠能力を具えているか否かの調査を欠いているから、これを種田被告人の犯罪事実認定の証拠とすることができないという論旨については、前の第五点に対する判断の際説明したところと同じ理由に基き、これを採用することができない。
従つて原判決は種田被告人に関する犯罪事実を認定するに同被告人の自白調書のみによつたことになり、憲法違反の違法があるという論旨も理由がない。
第二点及び第三点について。
刑事訴訟法第三百七十八条第三号に所謂「審判の請求を受けた事件」というのは、本件についていえば公訴の提起のあつた事件を指すのであつて、公訴事実として表示せられた訴因の一部について判断を脱漏したに止り、当該公訴事実と同一の事実と見られるものについて判決されている限り、それは審判の請求を受けた事件について判決をしなかつた場合には当らない。今本件において審判の対象となつている事件は何かというに(一)被告人大島が菅隆蔵から昭和二十四年一月中旬頃金五万円の交付を受けたという筋の事実、及び(二)更に同被告人が被告人上田に対し、昭和二十四年一月中旬頃金五万円を供与し(三)上田がその供与を受けたという筋の事実、及び(四)被告人鑓野目が被告人種田に対し、昭和二十三年十二月下旬頃金銭供与の約束をなし、(五)種田がその申込を承諾をしたという筋の五箇の事実である。これに対し原判決はそのうち(二)乃至(五)に当る四箇の事実については判決を下しているのであるが右公訴事実の(一)の点、即ち詳細にいへば、被告人大島長一に対する起訴状に記載せられている公訴事実のうち衆議院議員選挙法第百十二条第一項第五号に当る罪として掲げられた、「被告人は昭和二十四年一月二十三日施行の衆議院議員選挙に際し北海道第五区から立候補した林好次の選挙運動者であるが昭和二十四年一月十五日頃網走市南四条西一丁目の選挙事務所で菅隆蔵から同候補者の選挙運動者である斜里郡小清水村上田実に運動報酬として供与せられたいと依頼せられ其の趣旨を諒して金五万円の交付を受けた。」という事実については、別段の判決をしていないのである。しかし原判決は公訴事実の(二)に該当する事実として、「被告人が菅隆蔵と共謀して昭和二十四年一月中旬頃上田実方において同人に対し林候補者の当選を得さしめる目的で金五万円を供与した。」と認定したのであつて、然る上は被告人大島が菅隆蔵から金銭の交付を受けた(一)該当の行為は別に選挙法第百十二条第一項第五号の罪を構成しないと解せられるので、これに対しては別段の判決をする必要はないものである。従つて原判決は、たとえその訴因の一部について判断をしない点があつても、公訴事実の全部にわたつて判決を下しているのであつて、審判の請求を受けた事件について判決を遺脱したとはいい得ないので、本点控訴趣意のこ点を攻撃する部分は賛成できないところである。
しかしながら原判決には本点控訴趣意に別に指摘するように、その判決理由にくいちがいの違法がある。即ち本件においては控訴趣意に指摘するように原判決は公訴事実として表示せられた訴因の一部について判断をしていない。詳しくいえば、本件各起訴状によれば、その眼目とする訴因は、(一)被告人大島長一は菅隆蔵から林候補者の選挙運動者である上田実に運動報酬として供与せられたい旨依頼せられその趣旨を諒して菅隆蔵から金五万円の交付を受け、(二)これを同候補者の当選を得しめる目的で上田実に供与し、(三)被告人上田実は林候補者の選挙運動者であるが、同候補者の当選を得しめる目的で大島長一から運動報酬として金五万円の供与を受け、(四)被告人鑓野目常雄は林候補の当選を得しめる目的で同候補者の選挙運動者である種田実に対しその運動報酬として金二万円を供与すべき約束をなし、(五)被告人種田実は林候補者の選挙運動者であるが、鑓野目常雄からなされた前記供与の申込を承諾した、という趣旨である。
選挙運動をなす者は選挙運動の費用の支弁を受けることができ、ただこれを支出するについて支出側において政治資金規正法の制約を受けることになつている丈であるから、若し供与し又は供与を受けた金銭が選挙運動の費用であるならば、それは候補者に当選を得しめる目的で供与せられるものであるけれども衆議院議員選挙法の罰則第百十二条には触れないこととなる。従つて本件公訴事実においては供与金銭が訴因記載のように、運動報酬であるか否かは、衆議院議員選挙法第百十二条違反の犯罪を構成するか否かを決する重要な要件となるのである。しかるに原判決は供与を受けた者が選挙運動者であることを認定しながら、右の点について何等判断をしないで、単に(一)被告人大島長一は菅隆蔵と共謀して上田実に対し、林候補者の当選を得さしめる目的で金五万円を供与し、(二)被告人上田実は大島長一が林候補者の当選を得さしめる目的で供与するものであることを知りながら金五万円の供与を受け、(三)被告人鑓野目常雄は種田実に対し林候補者の選挙運動を依頼し同候補者の当選を得さしめる目的で金銭を供与する約束をなし、(四)被告人種田実は鑓野目から林候補者の選挙運動を依頼され、鑓野目が同候補者の当選を得さしめる目的で供与するものであることを知りながら、同人の金銭供与の申込を承諾した、と判示したのは、犯罪の成否に関する要件について判断していないのであつて、この判示では衆議院議員選挙法第百十二条第一項第一号又は第四号を適用して有罪の言渡をすることができないのに拘わらず、原判決が右判示事実に右法条を適用したのは判決の理由にくいちがいがあるものといわざるを得ない。よつて原判決は刑事訴訟法第三百七十八条第四号第三百九十七条により破棄を免れない。
第四点について。
しかしながら供与をなし又は供与を受けた金銭が選挙運動の実費に当るか、運動報酬に当るかは、若しそれが区別されている場合にはこれを区別して証拠により認定すべきこと、もとより論のないところであるけれども、右の区別をしないで一括して費用及び報酬として供与し又は供与を受けたものであるときは、その金銭の全額につき違法性を帯有することになるのであるから、全額につき有罪の判決をなすべきものと解するのであつて、この解釈は刑事訴訟法第三百十七条に違反するものでもなく、又憲法に違反するものでもない。
第九点乃至第十二点について。
既に第二点及び第三点についての判断の際説明した通りの理由によつて、原判決は破棄せらるべきものであるから、量刑不当又は事実誤認を主張する本諸点については更に判断の必要がないから、これを省略する。
以上の通りであつて、原判決は結局破棄すべきであるが、当裁判所は一件記録及び原裁判所が取調べた証拠によつて直ちに判決することができるものと認めるので、刑事訴訟法第四百条但書に従い次の通り判決する。
被告人等はいずれも昭和二十四年一月二十三日施行せられた衆議院議員総選挙に際し北海道第五区から立候補した林好次の選挙運動者であるが、
第一、被告人大島長一は菅隆蔵と共謀の上同年一月中旬頃斜里郡小清水村の被告人上田実方において、同人に対し、右候補者の当選を得さしめる目的で選挙運動の費用及び報酬として一括して金五万円を供与し、被告人上田実は右目的趣旨の下に供与せられるものであることの情を知りながらこれが供与を受け、
第二、被告人鑓野目常雄は昭和二十三年十二月下旬頃網走市の網走鮭鱒定置組合事務所において、被告人種田実に対し、右候補者の当選を得さしめる目的で選挙運動の費用及び報酬として金銭を後日一括して供与する約束をなし、被告人種田実は右目的趣旨の下に供与せられるものであることの情を知りながら、これが供与の申込を承諾し、
たものである。
右の事実中、
判示冐頭の被告人大島及び同上田の関係部分及び判示第一の事実は、
一、検察事務官作成の、検察官の面前における菅隆蔵の供述を録取した第一回供述調書謄本(記録第一九五丁以下)。
二、同じく第二回供述調書謄本(記録第一七二丁以下)。
三、検察事務官作成の、検察官の面前における被告人大島長一の供述を録取した第一回供述調書(記録第二五八丁以下)これについては同被告人が原審公判廷で、黙秘権を告げられ署名押印をし、最後に読み聞けは受けなかつたが内容は判つていたと供述しているのでその供述は任意になされたものと認める。
四、検察事務官作成の、検察官の面前における被告人上田実の供述を録取した弁解録取書(記録第二七六丁)。これについては同被告人が原審公判廷で、署名押印をし、最後に読み聞けを受けたと供述しているので、その供述は任意になされたものと認める。
五、同じく第一回供述調書(記録第二八一丁以下)。これについては最後に読み聞けを受けていないことが窺われるのであるけれども、被告人は原審公判廷において、右書面に署名押印したと述べているし、なお前に掲げた同被告人の弁解録取書ともその供述の内容が符合する点から見て、その供述は任意になされたものと認める。
六、原審第七回公判調書中に被告人大島及び同上田の各供述として、判示冒頭の被告人等関係部分に符合する記載のあること。
以上を総合してこれを認定し、
判示冐頭の被告人鑓野目及び同種田の関係部分及び判示第二の事実は、
一、検察事務官作成の、検察官の面前における被告人種田実の第二回供述調書(記録第三〇三丁以下)これについては予め黙秘権が告げられていないことが窺われるのであるけれども、原審第七回公判調書中の証人中村幸夫の証言記載より、同被告人に対しては検察官はその第一回の取調の際に既に黙秘権の告知をしているので、この第二回のときは黙秘権を告げなかつたという事情が判明するのであるし、又被告人は原審公判廷において、調書の内容は判つており、署名押印をしたと供述しているので、この供述は任意になされたものと認める。
二、検察事務官作成の、検察官の面前における被告人鑓野目常雄の第一回供述調書(記録第三一一丁以下)これについては被告人が原審公判廷で、黙秘権を告げられ最後に読み聞けを受け、署名押印をしたと供述しているので、その供述は任意になされたものと認める。
右を総合してこれを認定する。
法律によると、被告人大島長一の判示行為は公職選挙法の施行及びこれに伴う関係法令の整理等に関する法律(以下これを単に法律と略称する)第二十五条第一項、衆議院議員選挙法(以下これを単に選挙法と略称する)第百十二条第一項第一号刑法第六十条に、被告人上田実の判示行為は法律同条同項、選挙法同条同項第四号第一号に、被告人鑓野目常雄の判示行為は法律同条同項、選挙法同条同項第一号に、被告人種田実の判示行為は法律同条同項、選挙法同条同項第四号第一号に各該当するので所定刑のうちいずれも禁錮刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人等に対しそれぞれ主文掲記の刑を量定処断し、なお犯情に鑑み各被告人等に対し刑の執行猶予をなすのを相当と認め、刑法第二十五条を適用して、いずれもこの裁判確定の日から二年間右各刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項第百八十二条により、主文の通り各被告人に負担させることとした。
尚被告人大島長一に対する公訴の事実中被告人は昭和二十四年一月二十三日施行の衆議院議員総選挙に際し北海道第五区から立候補した林好次の選挙運動者であるが、昭和二十四年一月十五日頃網走市南四条西一丁目の選挙事務所で菅隆蔵から同候補者の選挙運動者である斜里郡小清水村上田実に運動報酬として供与せられたいと依頼せられその趣旨を諒して金五万円の交付を受けたという事実について調査するに、前記菅隆蔵の検察官の面前における供述を録取した第一、二回供述調書の各謄本と被告人大島長一の検察官の面前における供述を録取した第一回供述調書とによるときは、被告人大島と菅隆蔵とが共謀の上選挙運動者に運動費及び選挙報酬として金五万円を供与しようと企て、菅がその金員を支出して大島に交付し大島がこれを上田実に供与したものであつて、この場合には既に判示の通り、被告人大島と菅とについて選挙法第百十二条第一項第一号の供与罪の共犯が成立するに止まり、菅と大島との間の金員授受の行為は特に同条第一項第五号の罪を構成しないものと解するが、それは判示第一の罪と包括一罪であるから、この点については特に主文において無罪の言い渡しをしない。
よつて主文の通り判決する。
(裁判官判事 竹村義徹 判事 西田賢次部 判事 河野力)
弁護人大塚守穗及び大塚重親の控訴趣意
第一点原審裁判は証拠として採用すべからざるものを証拠として採用し且つ犯罪事実認定の証拠として判決理由に援用した違法がある。
原審裁判官は検察官が証拠調を要求した左記書類を被告人弁護人の同意なくして証拠として採用且その内(一)は之を有罪の証拠として判決理由に援用した。
記
一、検察官に対する菅隆蔵の第二回供述調書
二、裁判官の鑓野目鉄三郎に対する証人尋問調書
三、検察官に対する同人の供述調書
四、検察官に対する参考人井筒勇三の供述調書
検察官はこれらの書類の証拠調を求める根拠として証言拒否を挙げた。
弁護人は証拠法に違反する要求であること殊に憲法違反の要求であることを主張した。
裁判官は(二)の書類は刑訴三百二十一条第一項その他は刑訴三百二十三条第三号に該当する証拠物として採用した。
右裁判官の採用並に判決に援用したことは左記の理由により憲法を適用せざるか又は不当に解釈して適用した違法がある。尠くとも刑訴三百二十一条第一項及刑訴三百二十三条の解釈を誤り不法に証拠として採用し且つ判決に援用したものである。而して右書類以外には証拠なく被告人等の自白のみで有罪の判断をしたのであるから此違法は判決に影響を及ぼすことが明かである。
記
(一)証言拒否は証言不能でない。法は証人が死亡、疾病、行方不明及び国外に在る場合即ち四つの原因により公判に於て供述することができない場合と限定しているのである。本件の証人は何れも健康で出廷しているので右四つの場合のどれにも該当しない。或者は右は例示的と解すべきものと主張するが条文は明らかに四つの場合と限定している。
元来刑訴三百二十一条は刑訴三百二十条の大原則の例外規定であるから、厳格に解釈すべきものである。殊に刑訴三百二十条は憲法第三十七条第二項の大原則に則つて制定した条文であり刑訴三百二十一条は、憲法第三十七条第二項の例外的規定であるから、その解釈は最も厳格に解釈すべきものである。証人達は法によつて与えられている権利に基いて証言を拒んだのである。証言拒否を証言不能と解するは違法である。尚刑訴三百二十一条の英文を見ると供述不能の原因として、例示的の意味が全然ないことを附言する。
(二)若しも証言拒否を理由として検察官の作成した供述書又は裁判官の勾留尋問調書を証拠とすることが出来ることになれば被告人は憲法第三十七条第二項の証人に対する審問権を不当に奪わるるのみならず、最悪の情況の下に於てなされた供述が最悪の情況の下に作成された録取書となつて、被告人の不利益な証拠となるのである。これでは被告人の責任に帰すべからざる第三者の行為により憲法上の基本的権利を失うことになる。故に刑訴第三百二十一条第一項第一号第二号に所謂「供述不能」とはあくまでも客観的故障による不能の場合と解すべきものであつて、主観的に任意に拒否した場合は包含せざるものと解すべきである。
(三)証言の拒否は刑訴三百二十一条第一項第一号第二号に所謂「前の供述と相反するか若しくは実質的に異つた供述をしたとき」に該当しない。
相反するとか、実質的に異つた供述とは二つの供述が存在することを前提要件とする。然るに本件の証人は証言を拒んだのであるから比較すべき供述がないのである。
公判調書に「証言を拒む」旨の記載は規則百二十二条の陳述であつて「証言」ではなくて「供述不存在」を証明する記載である。故に証言拒否を先の供述と相反する供述と解釈することは実験則又は条理に反する。尚刑訴三百二十一条の英文を一読すれば、証言を拒んだ場合即ち証言を与えざりし場合は、絶対に含まざることは明らかである。
(四)刑訴三二一条は憲法違反の立法である。従つて該法条により検察官が提出した書面を証拠として採用することは憲法違反である。
憲法第三七条第二項に刑事被告人はすべての証人に対して審問する機会を充分に与えられる旨明記している。
刑訴三二一条によつて提出する書面(供述)はすべて被告人に審問する機会を与えざる供述である。
少なくとも刑訴三二一条に所謂供述不能に供述拒否も含むと解釈することは、憲法三十七条を適用せざるか又は不当に解釈して適用した不法がある。
(五)次に証言拒否の場合の証人の態度を以て尋問事項の否認と解し先になした供述と相反するものと解するものがあるならば、これは恐るべき暴論である。
そもそも証人の証言とは、言語による事実の説明であつて証人の態度は絶対に証言ではない。従つて態度から否認の意思表示(供述)の存在を認定することは根本的な錯誤である。(尚沈黙を暗黙の自白と解すべき場合については、フランクリン、クレムル著、藤本孝夫訳、アメリカ刑事証拠法概要の五十ページ以下を参照されたし。)
(六)証言拒否は結果においては、証言不能と同一であるから証言不能の一態様と解すべきものと主張するものがあるが、これは検事の立証が失敗に終つたと言う点が結果に於て同じなだけである。恰も人が旅行不在と死亡とは事実は違うのであるが目の前にその人を見ることが出来ないと言う点は結果に於て同一であることに似ている。
(七)尚英法コンモンロー及アメリカ合衆国連邦刑事訴訟法に於ける被告人の証人に対する審問権の制限は真に必要且つ止むを得ざる場合に限り之を認め且つ被告人の審問権を尊重する立前から、幾多の条件を附して之を認めているのであつて、基本的人権の尊重につき到れり尽せりと謂うことができる。(司法研修所発行ケニー英国刑事法要論百四十三ページ以下、同所発行米連邦刑訴手続百四十九ページ以下百五十九ページ参照されたし、)合衆国憲法修正箇条第九条日本憲法第九十七条、九十九条等に照して基本的人権の制限的解釈は極めて厳格にすべきものであつてみだりに拡張類推的解釈を採るべきでない。
(八)原審裁判官は証拠として採用した前述の書類の内当該被告事件の記録以外の書面は証拠物と解し刑訴三百二十一条第一項に該当する書面なりや否やを審議する必要なしとし漫然刑訴三百二十三条第三号を適用して之を採用した。これは証拠書類と証拠物とに関する刑事訴訟法の解釈を誤つて適用し憲法三十七条第二項を適用せざる違法がある。札幌高等裁判所昭和二十四年(を)第六十一号被告人李[吉吉]与に対する窃盗被告控訴事件の判決は原審裁判官の見解を支持する如く見える。若し果して然りとせば札幌高裁の右判例は明らかに違法である。この点については、東京高等裁判所第十二刑事部昭和二十四年(を)新第七二六号被告人塚原住太郎に対する窃盗及放火未遂被告控訴事件の判決の方が正しい。札幌高等裁判所の前示判例は大審院の従来の判例に基いたように解せらるるが、尠くとも新刑訴法の証拠に関する法規の解釈には大審院の判例はあてはまらない。
(九)刑訴三二一条乃至三二八条は書面の証拠能力に関する規定であることは、一点疑問の余地なき処であつて、従つて刑訴三二一条は供述調書、尋問調書が当該事件のものであるか、又は別事件のものであるかによつて適用を二、三にすべきでない。いやしくも刑訴三二〇条に所謂「公判期日における供述に代えて書面を証拠とする。」場合は刑訴三二一条乃至三二八条をひとしく適用してその書面の証拠能力の有無を決定すべきである。検察官が証拠調を請求している供述調書尋問調書は何れも「公判期日に於ける供述に代えて、」証拠として提出した書面であるから、憲法第三七条第二項、刑訴三二〇条の規定の命ずる処により、刑訴三二一条乃至三二八条を適用し、その証拠能力のあることを確認した上でなければ証拠として採用することは違法である。
(十)旧刑訴法時代においては捜査に関する記録は殆ど全部一括して公判請求又は、予審請求と同時に裁判所に送附せらる。然るに新刑訴法に於ては起訴状以外は送附を禁ぜられているから、当該事件の記録とは起訴状及公判準備又は公判期日における供述を録取した書面並に刑訴一七九条第一項の書面其の他押収、捜索、検証、証人尋問、鑑定等に関し、裁判官が当該事件の処分として作成したる書面に限定せられるのである。
自然の結果として、検察官が犯罪事実捜査の途上に於て作成した関係人の供述書は、全部当該事件の書類に非ざる書類となる。何となれば当該か別件かは、裁判所の裁判記録で決定すべきで検察庁の捜査記録を標準とすべきでないからである。然して、当該事件の記録にあらざる書面は証拠物として提出することができるという解釈を採るならば、新刑訴三二一条は全く存在の意義を失い新刑訴三二〇条の立法精神並に憲法第三七条第二項の大原則は崩潰し去るであろう。
林派選挙法違反事件は被告人の数三十一名である。検察官は一、二の例外を除きそれぞれ各人別に起訴をなし、裁判官は内数名は、併合決定の上審理し、而も一旦併合した事案を審理中再び分離決定したのもある。
これらの併合或いは分離を標準として、当該事件なりや別件なりやを判定することは余りにも形式的であり無意味である。
第二点原審判決は審判の請求を受けた事件につき判決をせざる違法がある。
起訴事実は被告人大島が被告人上田に対して金五万円を運動報酬として供与し、被告人上田は該金員を運動報酬として供与を受けたことである。然るに判決理由第一及び第二は単に「金五万円を供与し」又は「金五万円の供与をうけ」と記載があるだけであつて金員の性質につき判断を下していない。判決中に「林好次の当選を得さしめる目的で」と記載してあるが、右目的で授受した金員が実費であるか報酬であるかにつき判断していない。
そもそも衆議院議員選挙法第百十二条第一項第一号第三号第四号は利益の授受の場合に限る趣旨であつてそれ以外の金銭の授受は包含せざることは言うまでもないことであるから原判決が利益即ち報酬の授受であるかどうかを判断しないのは違法である。
第三点原判決に「……金壱万円を供与し」又は「……金壱万円の供与を受け」とある記載が仮りに被告人大島、上田につき審判の請求ある事件につき判決をしたものと解するならば次の如き違法がある。即ち授受した金銭が利益(報酬)なりや否やを判断せずして漫然有罪と認定し刑罰を科したのは完全なる理由を附せず、尠くとも充分なる理由を附せずして犯罪事実を認定し法令の適用を誤つたものである。殊に罪となるべき事実を(利益の授受)審判せずして科刑したことは憲法第三十一条第三十七条第三十八条等を適用せざるか又は不法に解釈して適用した違法がある。
第四点原審判決理由第一、第二に「……金五万円を供与し」又は、「金五万円の供与を受け」とある記載を仮りに利益(報酬)の授受の意味と解すれば左記の如き違法がある。
即ち原判決は被告人大島、上田に対する起訴事実につき援用した証拠と認定が一致せず、従つて充分な理由を附せず理由にくいちがいがあるのみならず憲法を適用せざるか、又は適法の解釈を誤つた違法がある。
原判決中に証拠として援用した被告人大島に対する検察官の第二回供述書第一項中に「……大島さんに新聞紙に包んだ五万円を渡してやりました。この金は小清水方面の運動費の費用として渡したのですが、林さんの為めに小清水方面で選挙運動をして居る人の旅費、宿泊料等の外日当、報酬の金としてやつたのです」とあるからこの五万円には実費と報酬とが混合していることが明かである。尚証拠として判決理由に援用された被告人大島、上田の供述調書の記載も同趣旨である。而して従来の大審院の判決例や最高裁判所の昭和二十四年(れ)第二一五号被告人上野尚義に対する衆議院議員選挙法違反被告事件の同年七月十六日の判決では費用と報酬の判明しないときはその全額につき有罪の判決をしてもよろしいとしているようであるが、これは新刑訴三百十七条に違反するは勿論憲法違反の判決であつて無効の判例である故に裁判官は憲法第九十八条第九十九条により無効宣言すべきである。而して憲法第三十一条第三十七条第三十八条等により各人は証拠によらずして有罪とせられ又は刑罰を科せられない基本的人権を有するから費用(無罪)であるか報酬(有罪)であるか判別し難い時は証拠不充分としてその全額につき無罪の判断を下すべきものを漫然有罪として科刑したのは違法である。
新憲法及び新刑事訴訟法の母法である英米法によれば「人は罪を犯したるにあらずと云う推定」が厳として確認されている。又「総ての事柄は正当にして且つ通常の手続を以てなされたものとの推定」がある。(司法研修所出版ケニイ英国刑事法要論証拠法の部五ページ以下参照)而して選挙運動に関して金銭の授受は費用授受である限り法定外でも犯罪でないのであるから報酬(利益)の授受と言う確証なき限り無罪の推定を受くべきものであるのに判然しないから全部有罪と判決することは尠くとも新憲法新刑訴法の下では無効の判決例である。原判決は此の点でも違法がある。
第五点原審判決は被告人大島に関する起訴事実につき証拠とすべからざる書類を証拠として援用した違法がある。
判決理由第一事実につき証拠として相被告人上田実の検察官に対する被疑者供述調書(昭和二十四年三月二十五日付)を引用して居るがこの書類は元来被告人上田の所謂自白調書(刑訴三百二十二条)であるから之を被告人大島の起訴事実認定の証拠とするには刑訴三百二十一条に照して果して証拠能力があるかどうかを取調をした上でなければならない。然るに原審裁判官は単に自白調書として証拠能力ありや否やの点は取調べたが刑訴第三百二十一条に所謂第三者の供述書として証拠能力ありや否やの点につき取調をしていないことは本件記録に徴して明らかである。
原判決は刑事訴訟法の証拠に関する第三百二十一条その他の法規を適用せざるか、又は、誤つて解釈して適用し証拠とすべからざるものを証拠とした違法がある。尚之は重要な書類であるので若し証拠能力がないとすれば判決に影響すること明かである。
第六点原審判決は被告人上田に関する起訴事実につき証拠とすべからざる書類を証拠として援用し且つ被告人上田の自白調書以外に証拠なくして有罪と判断して刑罰を科したる憲法違反及証拠に関する法規違反の不法がある。
判決理由第二の事実につき証拠として相被告人大島長一の検察官に対する被疑者供述調書(昭和二十四年三月十一日付)を引用している。その書類は元来被告人大島の所謂自白調書であるから之を被告人上田の起訴事実の証拠とするには刑訴三百二十一条に照して証拠要件を備えているかどうかを取調べた上でなければならないのに此挙に出ていないのであるから第五点の控訴趣意同様の違法がある。然らば判決理由第二事実については被告人上田の自白調書以外に証拠が無いことになるから憲法第三十八条違反の判決である。
第七点原審判決は被告人鑓野目常雄に関する起訴事実につき証拠とすべからざる書類を証拠として援用し且つ被告人鑓野目の自白調書以外に証拠なくして有罪と判断して刑罰を科したる憲法違反及び証拠に関する法規違反の不法がある。
判決理由第三の事実の証拠として相被告人種田実の検察官に対する第二回被疑者供述調書(昭和二十四年三月十五日付)を援用しているが、元来被告人種田の自白調書であるから被告人鑓野目の起訴事実の証拠とするには刑訴三百二十一条の要件を備えた書類であるかどうかを取調べないで有罪の証拠としたのは控訴趣意第六点の場合と同様違法である。しかのみならず被告人鑓野目の自白調書以外に証拠が無いから憲法第三十八条違反の判決である。
第八点原審判決は被告人種田実の起訴事実について証拠とすべからざる書類を証拠として引用し且つ被告人種田の自白調書以外に証拠なくして有罪として刑罰を科した。
これは憲法第三八条違反及証拠に関する法規の違反である。判決理由第四の事実の証拠として相被告人鑓野目の検察官に対する被疑者供述調書(昭和二十四年三月十六日付)を引用しているが、これが刑訴三百二十一条の要件を備えた書類であるや否やを取調べないで有罪の証拠としたのは控訴趣意第七点の場合と同様違法である。その上被告人種田実の自白調書以外に証拠が無いから憲法違反でもある。
第九点被告人大島を禁錮五月に処したのは刑の量定が不当である。被告人大島の検察官に対する被疑者供述調書(昭和二十四年三月十一日付)によれば(イ)被告人大島は運搬業開始に当り自動車購入の際林候補から援助を受け且つ現在は職工一人弟子二人を使役するまでに発展したこと(ロ)網走地方から代議士選出の希望をもち(ハ)恩顧を受けた林候補の妻から依頼を受けたこと(ニ)選挙事務所の田村から積極的に呼びかけられて田村菅の依頼によつて金銭を上田に伝達したので被告人大島としては極めて消極的の行為であること(ホ)五万円を上田実に届けたことは単なる使者程度の仕事に過ぎざること、即ち右供述書第七項に「菅隆三が隣の部屋から出て来て私に今田村さんから話のあつた金だ小清水の上田さんに持つて行つてくれ」と言われ……「それを其の儘そつくり渡してやる積りで確かに預つたのであります」と記載あり、而も直ちに小清水の上田を訪問し新聞紙包のまま上田に渡したこと。故に被告人大島には右金銭の処分権を与えられたのでなく単なる伝達者使者であること(ヘ)尚右供述書第七項第十項によれば報酬等の意味で壱万円を提供されたが断固受領を拒絶したこと等の事実が明らかである。
単なる使者、伝達者に対しては原判決の科刑は重きに失する。目下札幌高等裁判所に繋続中の旭川市参議院議員堀派の選挙法違反事件の判決と比較してみて著しく重きに失する。(堀派の違反事件の起つた昭和二十二年四月頃の米価一キロ三円六十三銭五厘に比し本件違反事件の起つた昭和二十四年一月頃の米価一キロ三十三円二十三銭である。従つて貨幣価値は九分の一に低下していることを考えると一層重きに失することが判る。)
第十点被告人上田を禁錮五月に処したのは刑の量定が不当である。
被告人上田の検察官に対する被疑者供述調書によれば(昭和二十四年三月二十五日付)(イ)被告人は元林候補の店の店員であつたこと及び雑貨商独立開業時代に林候補の御世話になつたこと(四項)(ロ)網走地方から代議士を出したいと考えて居たこと(ハ)被告人も林候補も共に民主党なること(三項)(ニ)選挙事務所から積極的に金を伝達したので被告は全然要求せざりしこと(五項)(ホ)来客中うかうか受取り後で受取るべからざることに気付き翌日午前中選挙事務所を訪問して返金したこと(六項)(ヘ)而も一面真面目に林の為め合法運動をしたことは右供述書全般から認定できること。(ト)地元でも信用ある人物で司法保護委員等の公職に就いていること(一項)等の事実を認められる。これらの事実を考えると科刑は明かに重きに失する。尚堀派の判決に比べて著しく重いことは控訴趣意第九点で述べた通りである。
第十一点被告人鑓野目常雄及び種田実を各禁錮三月に処したのは刑の量定重きに失する。被告人鑓野目の検察官に対する昭和二十四年三月十六日付供述調書並に被告人種田の検察官に対する昭和二十四年三月十五日付第二回供述調書及び証人大内光義の供述によれば(イ)被告人両名は林候補とは漁業団体の関係で密接の関係があり所謂選挙ブローカー的な立場でなく真心から応援をしたこと。(ロ)候補又は事務所側からの依頼でなく全然第三者の立場で応援したこと。(ハ)被告人種田は網走漁業会鮭鱒定置組合の職員で給料で生活していること自費で運動を求めるのは無理であること。(ニ)組合員一同林候補支持であること。(ホ)実費支給の趣旨であつたことは大体組合所定の旅費を支給する話合であつたことから認定出来ること即ち特に運動報酬を供与する意でなかつたこと。供述調書中に煙草銭、土産科等の言葉が出て来るがこれらは常識で所謂実費の一部と見るべきものである(官公吏の出張旅費の実状と比較して一般民衆はそれ以下の標準で実費の額を判断する旧来の態度は新憲法下非民主的である)(ヘ)殊に金額につき決定なきこと。(ト)二万円の額は単なる想像推測の範囲を出でないこと。(チ)二十四年三月十五、六日頃即ち被告鑓野目種田が検察官の取調べを受くる当時未だ一銭の授受なきこと、従つて仮りに約束ありしとするも極めてルーズな談話程度のもので法が処罰する処の所謂約束と見るべきや否や疑わしきこと。(リ)結局被告種田は六七千円許りの金員を消費したに止まること従つて果して二万円の供与が実現性乏しきこと、(組合員諾否不要)等の事実を考えると科刑は明らかに不当である。殊に堀派の違反事件の判決と比べると著しく重きに失することは控訴趣意第九、第十点で述べた通りである。
第十二点(一)原審判決の認定には事実の誤認がある。即ち被告人四名の起訴事実は虚無の事実であるのにこれを有りと判断したのは違法である。
そもそも本件は訴外田村直美が選挙運動資金として訴外鑓野目鉄三郎から小切手で百万円を借用し東京から帰るとき現金五拾万円をリユツクサツクで持ち帰りなお自己の店舗の在り金五拾万円を流用し合計弍百万円を自宅の押入れに保管して置き之れを訴外菅隆蔵と共謀して右方面の運動者に交付した旨田村直美が陳述したことから捜査が始まつている(反証として弁護人より提出し且つ採用になつた昭和二十四年三月二日付田村直美の検察官に対する供述調書参照)。然るに田村の右二百万円調達の供述が全く虚無の事実なることは反証として弁護人より証拠調を要求し且つ採用となつた証人畑江勇夫、守川昌治、田村ハツコ三名の証言及び約束手形四通によつて完全に立証された。従て田村の資金調達に関する供述はその真実性を完全に欠如しているのである。而して無いものを各方面の人々に交付したと云う供述も亦一応真実性の無いものであると推定するのが相当である。或は資金調達に関する供述は証拠力がないが、これを人々に供与した旨の供述は証拠力があると言う見解もあるかも知れないが、凡そ選挙資金の場合は他の資金の場合と異り資金の調達と之れが供与とは一体不離の関係にあるのであつて一方が虚偽ならば他方も虚偽と断ずるの外ないのである。何となれば無いものを供与することあり得ない事柄であるから。起訴官が金の供与に関する田村の供述に真実性ありと主張せんとするならば先ずその資金の出所を立証する責任があるのである。どこかで調達したであろうと考えることは想像であつて想像は証拠の代用品にはならない。人は元来無罪の推定があるから想像で有罪の判断を下すことは違法である。田村直美は当時拓殖銀行網走支店から約束手形債務百二十万円を有し且つ内百万円は鑓野目鉄三郎より借用の百万円の小切手で辛うじて弁済したが残金弍拾万円は未済のまま新年を迎えていることは、前述の反証で明らかになつているから田村直美が二百万円の選挙資金を立替えると言うことはあり得ざることである。そこで田村直美は調べ直しを求めて上申書二通(反証として提出し且つ採用ずみ)を係検事に出して訴えたが検事は取り上なかつた。然らば田村直美が何故に虚無の供述をしたか、それは取調官が異状の圧迫を加えてここに到らしめたことは被告人田村直美の選挙法違反事件で充分に立証してあるから(本件決審後)いずれ刑事訴訟法三百九十二条によつて職権調査の節立証します。而して原判決に証拠として引用した菅隆三の供述調書は田村直美の誤れる供述に準じて供述せしめられたものであるからこれも証拠力の無い書類である。被告人大島が自白したのは昭和二十四年三月四日であるが田村が供述の翌々日であつて被告人大島は田村の供述に準じて陳述したに過ぎないから、これ等を証拠として起訴事実を認定したのは大きい誤りである。被告人大島は昭和二十四年十二月二十二日の公判廷で判決に引用された同人の供述書の読み聞けを受けなかつたと陳述している。被告人上田も同法廷で判決に引用された供述書は黙否権のあることを告げられた覚えがないし且つ読みきけも受けなかつたと陳述している。尚供述書の訂正を求める上申書(反証として提出し且つ採用ずみ)を検察官に出しているし反証として提出し且つ採用になつた被告人上田の獄中手記によつても右供述書の信用すべからざことが明らかである。これ等のものを証拠として被告人大島、上田両名に対する起訴事実を認定したのは事実の誤認である。
(ニ)次に被告人鑓野目常雄、種田実に対する起訴事実も全く虚無の事実であることを次に述べる。
昭和二十五年一月二十八日の公判廷で両名ははつきりと約束の申込も承諾もなかつたことを陳述して居り、被告人種田は昭和二十四年十二月二十二日(或は二十三日か)の公判廷に於て原審判事が証拠として採用した昭和二十四年三月十二日付被疑者種田実の検察官に対する供述調書作成のときは黙否権のことは告げられません同月八日から十二日迄毎日調べられましたが最初(八日)取調を受けた時告げられたかどうかははつきり判りませんが其れ以後は全然はつきりしません。同じく証拠として採用になつた同月十五日付の供述調書作成の時も黙否権のことは告げられませんと述へている。又被告人野目常雄は昭和二十四年十二月二十二日(或は二十三日か)の公判廷に於て原審裁判官が証拠として採用した昭和二十四年三月十六日付被疑者種田の検察官に対する供述調書に記されていることは真実ではありません。取調にあたつて自分と関係のある種田の自白調書を私のそばに置いて其の調書によつてこの通りだろうと尋ねられたのでそう答えたのです。……種田実は刑務所に行つてから一週間位経つてから其の選挙に使つた経費は実費計算で組合よりもらえると云う調書が出来上つたのです。で第三者の私としては実際使つた経費は組合で負担しても良いと思いまして種田の話しにつじつまをあわせたのですと陳述している。果して処罰の対称となる様な約束があつたかどうか頗る疑わしい事情は第十一点の控訴趣意で述べた通りであつて前述の被告人等の陳述と綜合して考えると、原判決は重大な事実を誤認していると思う、証拠として採用された昭和二十四年十二月十五日付被告人種田の検察官に対する供述調書の冐頭に「……前後四回にわたり東藻琴に出かけておりますが、その費用合計六千五百円は全部私が出したので他人から一銭も貰つておりません」と述べている。選挙終了後約五十日を経過して、なお一銭も供与していない処を見ると果して約束があつたかどうか頗る疑わしい。次で「後日組合から出張旅費か慰労金の名目で出して貰うことになつていた」と述べている。この慰労金と云うのは選挙運動の慰労金(報酬)の意味ではなくて組合から支出する帳簿上の形式のことである。此供述書の後半に五項や七項で慰労金とか報酬とか云う文字が出てくるがまぎらわしい記載のある取調官の作為的文言と疑わしむる理由が充分にある。又五項を読めば「幾ら金をやるとはつきり言いませんでした」と述べている。「大体二万円位になると思い其の金は何かの名儀で常雄氏から貰えるものと思いました」云々「大体私の思つている程度の金は出して呉れるものと考えておりました」と陳述している。二万円と云う金額は被告種田の想像に過ぎないのである。
被告人鑓野目常雄の検察官に対する昭和二十四年三月十六日付供述調書(判事が証拠として採用したもの) の四項に「旅費日当、宿泊料の外煙草銭、土産料等の費用がかかるから其の分は後で慰労金と一緒に何かの名目で支給する」云々と述べている。これ等の言葉は何れも組合の出張旅費規定や年末ボーナス支給規定にある文字であるから「日当」「慰労金」等は組合の支出の形式のことであつて、選挙運動に対する日当慰労金の意味でないことがわかる。尚四項には「別に幾らやると云う金額をはつきり決めませんでした」云々と述べているのは種田実の前示調書と同様である。尚四項後半に「書記が出張すれば日当宿泊料共に一日合計千円位になるので半月種田が出掛けたとして一万五千円位になるので、それに煙草銭、土産料、報酬金等を加えれば大体二万円位になるので私は大体その位支給しなければならぬものと思つていたものと考えます」と陳述している。二万円は全然被告人両名の想像に過ぎないのである。尚四項末段に「父とは相談しておりません」と述べている。更にその父(鑓野目鉄三郎)の検察官に対する昭和二十四年三月十四日付(或は十八日か)供述調書によれば父鉄三郎は二十四年一月始め年始の礼の為め種田が来訪したとき旅費や宿泊料等は組合から出してやると申し、御礼の点までは考えていませんでしたと述べている。又被告人常雄が約束したかどうか不知と答えている。殊に常雄と相談の上報酬も含めて正規の出張旅費の外に相当の金を出す約束は無いと断言している。この年始礼の時は被告人種田と共に鉄三郎宅を訪問した証人宮野信治の証言によれば席上被告人常雄は居合さなかつたことを明らかにしている。二万円供与の約束ありと判断した原判決は適確な証拠なくしてした事実の誤認である。